2020年11月、富澤大輔が慣れ親しんだ台湾の人々は、総統選を目前にして静かながらも熱気を帯びていた。対岸からの避けられない圧力は国民にいやが応にも政治参加の機会を与え、加えて誰しもに緊張と憂いをもたらした。写真集『新乗宇宙』で彼がファインダー越しに見つめたのは、今まさに大きな一歩を踏み出そうとしている生まれ故郷の姿である。
ふるさとが置かれた「大河にバケツで臨む」ような状況に際して、富澤は写真を撮りながらも、自らもその一部となっている。流れの中に自身を投じることに喜びを感じる富澤。それは、元来人々の体の内側にある政治を“大きな主語”のうちに収めてしまうのではなく、当事者としての個人の中に、さらにそこに生きる者としての街並みや風景の中に見出そうとする姿勢の現れだろう。本作品で彼が見せてくれる写真は、誰かによってつくりだされた言説やイメージから脱却し、“小さな主語”として持続する「今」を考えるきっかけを与えてくれる。巻末には、中国の作家・韩梅梅による短編小説「傍晚五点的对话」も収録されている。