「地中海を吹き抜ける一陣の風」と名付けられた本書は、アーティスト、Simone Fattalによる同名展覧会のカタログ。国際芸術祭「あいち2025」にも出展予定の彼女は、シリアで生まれレバノンで育ち、ベイルートとパリで哲学を学んだ。レバノン内戦によってカリフォルニアに移住した彼女は、実験的な文学作品に特化した出版社「ポスト・アポロ・プレス」を設立し、サンフランシスコ芸術研究所で試みた陶芸体験から、彫刻を中心としたアーティストへと活動を移していく。展覧会はミラノ・ICA財団が企画した「セラミックス」プログラムの一環として企画された。
考古学と神話の知の体系を探求し、古代史や現代詩など多様な源泉から着想を得て歴史と記憶を重ね合わせる彼女は、一瞬にして地中に埋まり消滅した古代都市ポンペイをテーマに据える。豪奢で開放的な都市に突然訪れた死を、彼女は自身の故郷に重ね合わせる。レバノンで起きた核爆発もまた、街全体を消し去るほどではないものの、ポンペイほどの広さの地域が一瞬にして吹き飛んだ。死の瞬間、生きていたものたちに再び生命を吹き込むように、彼女は彫刻を制作する。小さな判型の本書は彼女のリサーチの道行きをフィールドノートのように案内する。従来のカタログにおけるテキストと図版の関係は逆転し、作品の展示風景は、本書が終わりを告げる最後の数ページ、息を吹き返すように現れる。







